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ペンギンブックス"A Noël Killing"の表紙を描きました。M.L.Longworthさんのミステリーシリーズで、舞台は毎回おなじみのエクス・アン・プロヴァンスです。
週刊文春 創刊60周年記念 短期集中連載
ビートたけしさんの『ゴルフの悪魔』第一回挿絵です。
全四回の連載です。

自分にとってのスーパースター、そして師でもあるイラストレーター木内達朗さんの、実に10年ぶりとなる個展「白と熊」へ、展示最終日である9月22日に駆け込み的に行って来た。
まず「白と熊」という、シンプルながら非常に興味を惹かれる展示名、こちらに興味を惹かれる人は多いと思うが、どうやらこの「白」とは「ニュートラル」や「オープン」といった概念を表しているようで、伝わることが目的である(仕事で描いている) 自身のデジタル作品の事であるとのことだ。
これはすなわちイラストレーションという営みそのものを表現しているのではないかと思う。
それに対しての、非イラストレーション的な絵、つまり人に何かを伝達するといった目的から離れた、プライベートでパーソナルなペインティング =「内に秘めたる本能や野生」というキーワードを、「熊」という比喩で表しているというわけだ。
なるほど、その個展名の通り、仕事で描いた絵とプライベートで描いた絵が、明確に空間を分けて展示されていた。


自分が初めて木内さんの絵と出会ったのはいつ頃だったろうか。
思い起こせば高校、大学くらいから玄光社の「イラストレーション」という雑誌をパラパラと読んでいたような記憶があるので、それらに掲載されていたであろう彼の作品自体は視界に入っていたのではないかと思うが、多分、その作者名の箇所までは特に気に留めていなかっただろう。
おそらく初めて「木内達朗」という作家名を認知したのは、昔懐かしmixiの「アメリカン・イラストレーション」というコミュニティだったはずだ。
mixiが全盛期だった頃……確かその頃自分は21歳とか22歳くらいで、大学生活も後半だった。
近いうちに就職活動をしなければならなかったが、文系大学であったものの自分にとって一般企業はイメージしにくく、何となくグラフィックデザイナーとか、イラストレーターとか、その頃爆発的に増えていたwebデザイナーなどが思い浮かんだ。
もともと高校卒業時の希望進路も美術系だったけれど、石膏デッサンはできないし、美大は無理だと諦めて文系大学に進学した人間だったが、就活を目の前に控えると、やはりどう考えてもこういった職業以外には自分の未来を想像できず、結局、一旦は普通の企業に就職するのだが、程なくイラストレーションの世界に身を投じることにした。
その後、ある程度仕事を安定して受注できるようになり、個人事業主としてそれなりに恥ずかしくないくらいの年収は見込めるようになって、今更ではあるのだが20代後半にして基礎を学ぼうと思いたち、木内さんが講師を勤めている「イラストレーション青山塾」という、業界では名の知れた学校に行くことにした……のはもう少し後の話で、もう一方で興味を持っていた和田誠さんや安西水丸さんが教鞭を執るパレットクラブスクールに最初に行くことにした。
青山塾が平日に開校していて、スケジュール的に難しいこともあったが、その頃は、仕事として需要が多そうな、極めて商業的な画風の(今もだけど、今よりも更にそういうスタンスで仕事に臨んでいた)イラストレーションばかり制作していたので、なんだかお会いして作品を拝見されるのが気恥ずかしかったという理由が大きい。
パレットクラブスクールの授業も終盤に差し掛かった頃、実家の物置を利用して仕事場を作ることになり、twitterで「木内達朗さんの事務所みたいにしたいな」と何気なくつぶやいた数日後、なんと御本人からリプライを頂き、床材について進言をしてくださった。
これが木内さんと僕との初の接触だった。
木内さんからは、絵以外の方面における美意識についても相当に影響を受けていたので、氏のアドバイス通り、事務所の床はオーク材を使用することにして、セルジュ・ムーユのランプも真似させて頂いた。
この時ツイッターのリプライを頂いて、これは神からの啓示……とは言い過ぎだが、何か縁のようなものを感じ、パレットクラブ修了後、いざ青山塾に通うことした。
授業の具体的な内容は書けないが、結果として、氏のロジカルで理論を重視した授業は自分に合っていた。
かねてより、絵のような非言語極まりない領域の創作物であっても、結局のところ、上達に必要なのはありとあらゆる知識や論理の集成なのではないかと確信していたし、「ここの色をこうすればここが際立つ」とか、「この目的を伝えるためにはここに視線を誘導させる」といった単純なデザイン理論や心理学を重層的に組み合わせていって、その結果として一つの優れた作品が出来上がっているものなのではと考えていたからかもしれない。
イラストレーションという仕事は「感性」や「センス」というぼやけた概念を用いて評価されたり、語られたりしがちな職能であるが、「センスが良い」というのは、すなわち様々なヴィジュアル理論や知識、そして時代感を計算するスピードが早いことを指すものだと思っていたため、「インプットの量が最重要」という氏の主張には深くうなづいたものだった。


……かなり脱線してしまったが、「アメリカン・イラストレーション」に話を戻す。
当時のmixiはありとあらゆる趣味思考や職業、居住地など、広範囲に渡り多様なコミュニティが組織されていて、いつも通り、イラストレーションやグラフィックデザイン、その他「絵っぽい」コミュニティを徘徊中に、ある一つのトップ画像にピタッと視線が止まった。
自由の女神がゴルフボールをショットしている瞬間の、構図と色彩のやたらと美しい、静かな雰囲気を携えた絵。
「アメリカン・イラストレーション」という簡素なタイトル、そして確かせいぜい十数名くらいの参加人数。
トピックで交わされている会話等から、この洒脱なトップ画像を描いている人は、当コミュニティ主催者の木内達朗というイラストレーターだと判明する。
mixiニックネームは「木内」って、まんま苗字じゃん……。
なんだか真面目な感じの人なのかなあ、と思って「友人からの紹介文」欄に視線を移すと、大御所・井筒啓行さんからの紹介文に
「彗星のごとく現れたイラストレーション界のスーパースター。僕は彼に仕事を半分くらい持ってかれた(うろ覚え)」
と書かれていて、え、何この人すごい、井筒さんにここまで言わせるなんてどんな人なんだろう……と、興味津々でウェブサイトに訪問した。
これ、デジタルで描いてるんだ……。
版画のような、クレヨンのような、今までに見たこともないような質感の絵だったけれども、どうやらコンピュータで制作している事がわかり、今はCGでもここまでアナログに近い表現ができるんだ、と驚いた。
活動域は幅広く、日本の文芸誌の装丁や挿絵から、スターバックスの世界的な屋外広告、ニューヨークタイムズのような新聞紙の仕事まで、グローバルに活躍していることがわかった。
いずれの作品も、爽やかで現代的かつ都会的な匂いを纏っていて、描写に過剰さや無駄を感じない。冷たくてクールだというわけではなく、そこには生の優しさや自然の瑞々しさも感じ取れ、さらにはどこかピリッとした、アイロニカルなユニークさを感じる事もある。
明らかに先端的な表現でありながらも絵の描き方でいうと基本に忠実で、どの作品もイラストレーションとして、スッと入ってきた。
ヴィジュアルのセンスもさる事ながら、何より「この人、すごい頭いいなあ」と感じたのを覚えている。今思えば、イラストレーションを見て知性的な感動に震えた経験はこの瞬間が最初で最後であったかもしれない。
ニューヨークタイムズのように社会情勢や様々な知識が要される仕事は勿論のこと、主に叙情性を伝えるための仕事、つまり文芸誌のようなものですら、描写するべきオブジェクトの選択と画面内への配置、構図の美しさ、色彩選択など全ての構成要素に対してエレガントな企みを感じたのだ。
この人を追いかける素敵な毎日がこれから始まるんだな、と思った。
木内達朗 website https://tatsurokiuchi.com/
小説新潮にて重松清さんの新連載「まなつ」挿絵。
信濃毎日新聞『家族のはなし2018』家族の言葉新聞の仕事をしました。
新聞を透かすと、家族の気持ちが読みとれる?という企画です。
信濃毎日新聞社(本社:長野市南県町657)広告局は、家族が大晦日に向けて集い始めた12月29日に合わせて、年末特別企画「家族の言葉新聞」を発行しました。「家族を大切に思えば思うほど、言葉にできないことがある。」そんな、言葉にならない・あえて言葉にしなかった家族の言葉を、新聞紙を透かして見ることで、読みとってもらえる特別な新聞です。複雑だけれど愛おしくなるような「心配」や「思いやり」や「主張」がたくさん詰まった家族の言葉をお届けすることで、家族の幸せを感じていただけたら嬉しいです。
The New YorkerにワシントンDCのワシントン大聖堂で演奏するYo-Yo Maさんを描きました。
https://www.newyorker.com/magazine/2018/12/17/yo-yo-mas-days-of-action
先日、いつも通っている鍼灸院へ行ったら、鍼をうたれたまま存在を忘れられてしまった。
一時間放ったらかしだ。そのせいで普段なら一時間で終わる施術が二時間もかかってしまった。
これまで放ったらかしにされたことはなかったものの、この先生にはなぜか、根拠はないけれど、いつか忘れられる予感がしていた。
この日は、もしかしたらついに存在を忘れられたかもしれないと気付いて、弱々しく咳払いをしてみたりしたのだが、全く気づいてもらえなかった。
一番端の目立たないベッドに寝ていたから。
もし勇気を振り絞って先生に声をかけなかったら、閉店時間を過ぎて真っ暗になった鍼灸院の片隅で、うつ伏せのまま、宇宙に取り残された宇宙飛行士のように、どうすることもできずに居続けたんだろうなあ。
子供の頃の自分だったらきっとそのまま声をかけることができなかっただろうなあ、とか。
いつも自分の存在がバレないようにひっそりと生きているのではあるが、さすがにあまり存在感を消すのもどうかと思った一日だった。
三年間ほど描いてきたStory Box表紙の仕事も終了しました。自由に描かせていただいて楽しかったです。どうもありがとうございました。なかなか選びきれないけど自分のベスト5はこの5点かなあ。こちらに全作品をまとめました。ラフもアップしましたのでよろしければご覧ください。
ジャッキー・モリス著「ソロモンの白いキツネ」発売しました。
デザインは城所潤さんです。絵本ではないので絵はこの四点だけです。あとキツネのカット。ラフの段階ではけっこう昼間の絵を描いていたのですが、城所さんのディレクションもあり、最終的には全部夜の絵になりました。ストーリーも暗い感じがありますが、良いお話です。